世界の幸福観マップ

ケレケレ(kerekere)の概念:フィジーのメラネシア文化に見る相互扶助と共同体の幸福観

Tags: フィジー, メラネシア, ケレケレ, 相互扶助, 幸福観

はじめに:文化的多様性の中の幸福

世界の様々な文化を紐解くとき、幸福の概念がいかに多様であるかという事実に直面します。経済的な豊かさや個人の権利の追求といった、現代社会で広く共有されている価値観とは異なる形の幸福観が、多くの地域や文化の中で独自の発展を遂げてきました。本稿では、南太平洋の島国フィジー、特にメラネシア文化圏に深く根差す「ケレケレ(kerekere)」という相互扶助の慣習に焦点を当て、それがフィジーの人々の幸福観とどのように結びついているのかを文化人類学的な視点から探求します。ケレケレは単なる経済的な交換行為にとどまらず、共同体の結束、社会的関係性の維持、そして個人の内面的な充足に深く関わる多層的な概念であり、フィジーにおける幸福の定義を理解する上で不可欠な要素であると言えるでしょう。

ケレケレ(kerekere)とは何か

ケレケレは、フィジー語で「頼みごとをする」「要求する」といった意味を持つ言葉に由来し、広義には「相互扶助」や「物を頼んで譲り受ける慣習」を指します。この慣習は、親族や近隣住民といった共同体内のメンバー間で、食料品、衣料品、あるいは現金といった物品やサービスを、返済や対価の支払いを前提とせずに要求し、提供する行為を含みます。

ケレケレの最も特徴的な点は、その要求が「正当な理由があれば拒否されにくい」という点にあります。例えば、「〇〇が必要だから貸してほしい/譲ってほしい」という要求があった場合、要求された側は、自身の状況が極めて困難である場合を除き、それに応じるのが当然の礼儀とされています。これは、単なる善意や慈悲によるものではなく、共同体の一員としての義務であり、また将来自身が同様の助けを必要とする可能性への備えでもあると考えられています。

歴史的に、ケレケレは貨幣経済が浸透する以前から存在し、資源が限られた島嶼環境において、共同体全体のリスクを分散し、生存を確保するための重要な仕組みとして機能してきました。収穫物の不足や病気、災害など、予期せぬ事態に直面した際、ケレケレのネットワークを通じて必要な支援を得ることができたのです。

ケレケレと共同体の結束、そして幸福

ケレケレは、フィジーのメラネシア文化における共同体の結束を維持・強化する上で極めて重要な役割を果たしています。物品の授受という行為は、単なる経済的な取引ではなく、贈与と互酬の交換を通じて、人々の間に貸し借り(債務)の関係を生み出し、それが継続的な社会的関係性を構築・維持する基盤となります。この関係性は、共同体内での個人の所属意識を高め、相互信頼を醸成する効果があります。

共同体の一員として、困っている親族や隣人を助けること、そして自身が困ったときに助けを求めることができるという安心感は、フィジーの人々にとって重要な精神的な支えとなります。西洋的な視点から見れば、「返済義務のない要求」は非効率的あるいは不公平に見えるかもしれませんが、フィジーにおいては、この慣習を通じて築かれる強固な共同体の絆そのものが、個人の孤立を防ぎ、心理的な安定をもたらす幸福の源泉となっているのです。

また、ケレケレは富の偏りを緩和する機能も持ち合わせています。特定の個人が一時的に多くの資源を得た場合、それを共同体内で分け合う慣習があることで、貧富の差が過度に拡大することを防ぎ、全体として一定の安定を保つことに寄与します。このような共同体全体の調和や安定は、フィジーの伝統的な幸福観において、個人の成功や富の蓄積と同等、あるいはそれ以上に価値を置かれる要素であり、ケレケレはその実現のための実践的な仕組みであると言えるでしょう。

ケレケレの現代における変容と幸福観への影響

近代化とグローバル化の波は、フィジー社会にも大きな変化をもたらしています。貨幣経済の浸透、都市部への人口集中、個人主義的な価値観の流入などは、伝統的なケレケレの慣習にも影響を与えています。都市部では、地縁や血縁の繋がりが希薄になりやすく、また貨幣経済の中での生活では、物品の無償提供が経済的な負担となる場合もあります。

しかしながら、ケレケレの慣習が完全に消滅したわけではありません。形を変えつつも、親族間や出身地域コミュニティのメンバー間などで、依然として相互扶助の精神は生きています。特に、冠婚葬祭などのライフイベントや、不況時における失業者への支援など、個人や家族だけでは乗り越えることが困難な状況において、ケレケレのネットワークがセーフティネットとして機能し、共同体による支え合いが幸福感を維持する重要な役割を果たしています。

現代のフィジーにおける幸福観は、伝統的な共同体との繋がりや相互扶助の価値観と、近代的な経済発展や個人の自由といった新しい価値観が複雑に絡み合ったものとなっています。ケレケレのような慣習は、変化する社会の中でも共同体の絆を再確認し、物質的な豊かさだけではない、人との繋がりや支え合いの中に見出す幸福の重要性を問い続けていると言えるでしょう。

結論:ケレケレから見るフィジーの幸福観の多層性

フィジーのメラネシア文化におけるケレケレの慣習は、単なる経済的な相互扶助の仕組みを超えた、共同体の結束、社会的関係性の維持、そして個人の心理的な安定に深く関わる多層的な概念です。この慣習を通じて育まれる相互信頼と連帯感は、フィジーの人々にとって重要な幸福の基盤となっています。

西洋的な個人主義に基づいた幸福観が、自己実現や個人の自由を重視する傾向にあるのに対し、フィジーのケレケレに見られる幸福観は、共同体の中での自身の位置づけ、他者との繋がり、そして分かち合いの精神に重きを置いていると言えます。これは、幸福が普遍的な単一の概念ではなく、それぞれの文化が持つ歴史、社会構造、価値観によって多様な形で定義され、実践されていることの一例です。

ケレケレの研究は、物質的な豊かさや個人的な成功のみに焦点を当てるのではなく、人との繋がりや共同体の支え合いが幸福にとっていかに重要であるかを示唆しています。文化人類学的な視点から世界の多様な幸福観を探求することは、私たち自身の幸福の定義を問い直し、より豊かな人間的な生き方を模索するための貴重な機会を提供してくれるでしょう。